日本語上級者のための日本文學珠玉の小品集小泉八雲作,戸川明三訳「耳無芳一の話」(6)
7min2011 JAN 21
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耳無芳一の話 THE STORY OF MIMI-NASHI-HOICHI 小泉八雲 Lafcadio Hearn 戸川明三訳 日没前住職と納所とで芳一を裸にし、筆を以て二人して芳一の、胸、背、頭、顔、頸、手足――身體中どこと雲わず、足の裏にさえも――般若心経というお経の文句を書きつけた。それが済むと、住職は芳一にこう言いつけた。―― 『今夜、私が出て行ったらすぐに、お前は縁側に坐って、待っていなさい。すると迎えが來る。が、どんな事があっても、返事をしたり、動いてはならぬ。口を利かず靜かに坐っていなさい――禪定に入っているようにして。もし動いたり、少しでも聲を立てたりすると、お前は切りさいなまれてしまう。恐わがらず、助けを呼んだりしようと思ってはいかぬ。――助けを呼んだところで助かるわけのものではないから。私が雲う通りに間違いなくしておれば、危険は通り過ぎて、もう恐わい事はなくなる』 日が暮れてから、住職と納所とは出て行った、芳一は言いつけられた通り縁側に座を占めた。自分の傍の板鋪の上に琵琶を置き、入禪の姿勢をとり、じっと靜かにしていた――注意して咳もせかず、聞えるようには息もせずに。幾時間もこうして待っていた。 すると道路の...