日本語上級者のための日本文學珠玉の小品集小泉八雲作,戸川明三訳「耳無芳一の話」(3)
5min2011 JAN 21
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耳無芳一の話 THE STORY OF MIMI-NASHI-HOICHI 小泉八雲 Lafcadio Hearn 戸川明三訳 芳一は気楽にしているようにと雲われ、座蒲団が自分のために備えられているのを知った。それでその上に座を取って、琵琶の調子を合わせると、女の聲が――その女を芳一は老女すなわち女のする用向きを取り締る女中頭だと判じた――芳一に向ってこう言いかけた―― 『ただ今、琵琶に合わせて、平家の物語を語っていただきたいという禦所望に禦座います』 さてそれをすっかり語るのには幾晩もかかる、それ故芳一は進んでこう訊ねた―― 『物語の全部は、ちょっとは語られませぬが、どの條下を語れという殿様の禦所望で禦座いますか?』 女の聲は答えた―― 『壇ノ浦の戦の話をお語りなされ――その一條下が一番哀れの深い処で禦座いますから』 芳一は聲を張り上げ、烈しい海戦の歌をうたった――琵琶を以て、あるいは橈を引き、船を進める音を出さしたり、はッしと飛ぶ矢の音、人々の叫ぶ聲、足踏みの音、兜にあたる刃の響き、海に陥る打たれたもの音等を、驚くばかりに出さしたりして。その演奏の途切れ途切れに、芳一は自分の左右に、賞讃の囁く聲を聞いた、――「何という巧い...