日本語上級者のための日本文學珠玉の小品集小泉八雲作,戸川明三訳「耳無芳一の話」(2)
6min2011 JAN 21
詳細信息
耳無芳一の話 THE STORY OF MIMI-NASHI-HOICHI 小泉八雲 Lafcadio Hearn 戸川明三訳 ある夏の夜の事、住職は死んだ檀家の家で、仏教の法會を営むように呼ばれたので、芳一だけを寺に殘して納所を連れて出て行った。それは暑い晩であったので、盲人芳一は涼もうと思って、寢間の前の縁側に出ていた。この縁側は阿彌陀寺の裏手の小さな庭を見下しているのであった。芳一は住職の帰來を待ち、琵琶を練習しながら自分の孤獨を慰めていた。夜半も過ぎたが、住職は帰って來なかった。しかし空気はまだなかなか暑くて、戸の內ではくつろぐわけにはいかない、それで芳一は外に居た。やがて、裏門から近よって來る跫音が聞えた。誰れかが庭を橫斷して、縁側の処へ進みより、芳一のすぐ前に立ち止った――が、それは住職ではなかった。底力のある聲が盲人の名を呼んだ――出し抜けに、無作法に、ちょうど、侍が下下を呼びつけるような風に―― 『芳一!』 芳一はあまりに吃驚してしばらくは返事も出なかった、すると、その聲は厳しい命令を下すような調子で呼ばわった―― 『芳一!』 『はい!』と威嚇する聲に縮み上って盲人は返事をした――『私は盲目で禦座います!――どな...