日本語上級者のための日本文學珠玉の小品集小泉八雲作,戸川明三訳「耳無芳一の話」(1)
5min2011 JAN 21
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耳無芳一の話 THE STORY OF MIMI-NASHI-HOICHI 小泉八雲 Lafcadio Hearn 戸川明三訳 七百年以上も昔の事、下ノ関海峽の壇ノ浦で、平家すなわち平族と、源氏すなわち源族との間の、永い爭いの最後の戦闘が戦われた。この壇ノ浦で平家は、その一族の婦人子供ならびにその幼帝――今日安徳天皇として記憶されている――と共に、まったく滅亡した。そうしてその海と浜辺とは七百年間その怨霊に祟られていた……他の個処で私はそこに居る平家蟹という不思議な蟹の事を読者諸君に語った事があるが、それはその背中が人間の顔になっており、平家の武者の魂であると雲われているのである。しかしその海岸一帯には、たくさん不思議な事が見聞きされる。闇夜には幾千となき幽霊火が、水うち際にふわふわさすらうか、もしくは波の上にちらちら飛ぶ――すなわち漁夫の呼んで鬼火すなわち魔の火と稱する青白い光りである。そして風の立つ時には大きな叫び聲が、戦の叫喚のように、海から聞えて來る。 平家の人達は以前は今よりも遙かに焦慮いていた。夜、漕ぎ行く船のほとりに立ち顕れ、それを沈めようとし、また水泳する人をたえず待ち受けていては、それを引きずり込もうとするの...